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最高裁判所第一小法廷 昭和27年(オ)776号 判決 1954年1月21日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人森長英三郎の上告理由について。

上告理由第一点は違憲をいうけれども、その実質は所論労働協約二四条が果して原判示のように解釈し得るか否かを争うことに帰着する。原審の確定したところによれば右協約二四条には「組合は経営権が会社にあることを確認する。但し会社は経営の方針、人事の基準、組織及び職制の変更、資産の処分等経営の基本に関する事項については再建協議会その他の方法により、組合又は連合会と協議決定する。前項の人事とは従業員の採用、解雇、異動、休職、任免及びこれ等に関連する事項をいう。」と規定されているのであつて、この条項は一見、会社の経営権に対し重大な制限を加え、経営の方針、人事の基準等経営の基本に関する事項については常に組合側との協議決定を経ることを要し、いかなる場合においても会社の単独決定を許さない趣旨のように理解し得るが如くである。しかし、企業の利益と損失の帰属者たる企業主にとつてその経営の基本に関する事項は最大の関心事であつて、企業主がこの種事項の決定権を無条件に放棄することは通常あり得ないところであり、右協約条項においてもその本文で経営権の会社にあることを組合が確認していることによりその間の消息が窺い得るばかりでなく、他方企業に参加する従業員にとつても、経営の危機を打開するために必要やむことを得ない場合には、企業主の人員整理の方針に順応することが結局従業員多数の利益ともなり得る関係もあり、その他諸般の事情を考慮すれば、右協定条項は、いかなる場合においても常に会社が一方的に経営上の措置(本件で問題となつている、人員整理方針の決定及びこれに基づく人員整理の実施の如き)をとることを許さないものとする趣旨ではなく、主として企業の経営についても会社側の独断専行を避け組合と協議してその意見を充分に会社側に反映せしめると共に、他方会社の趣旨とするところを組合側に了解せしめ、出来得る限り両者相互の理解と納得の上に事を運ばせようとする趣旨を定めたものと解するのを相当とする。従つて少くともある経営上の措置が会社にとつて必要やむを得ないものであり、且これについて組合の了解を得るために会社として尽すべき処置を講じたにも拘わらず、組合の了解を得るに至らなかつたような場合において会社が一方的にその経営措置を実施することを妨ぐるものではない。原審の確定した事実によれば被上告人会社が極度の経営不振に陥り企業倒壊の寸前にまで追い込まれたため、企業再建の方策として人員整理を含む新たな経営方針を樹立し、右協約条項に基づき組合側と協議を重ねたのであるが、右人員整理を内容とする企業再建方策が当時の情勢下においては被上告人会社としてやむを得ない措置であり、且早急にこれを実施する必要に迫られていると認められるにも拘わらず、上告人等の所属する組合にあつてはあくまで人員整理の方針に反対し、この方針を改めなければ協議に応じない態度を固執したため被上告人会社としてはやむを得ずそれ以上の協議を断念して人員の整理を断行したものであるというのである。そして原審は、かかる事情の下において、会社が一方的に人員整理基準を定めてこれに基づいて、人員の整理を実施したからとてこれを目して前示協定に違反するものとはいい得ないと判示したのである。この原判旨は当裁判所においても首肯し得るところであり、原判決には所論の違法もない。また、同第二点乃至第八点は違憲をいうけれど、その実質は単なる訴訟法違反、事実誤認の主張に帰着する。それ故、論旨はすべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

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